はじまりは月商5まんえん

ニットデコレーション製作×帽子売り×クリエイター企画。はじまりは14年前、月商5万円の趣味作家から。出張族ならではの旅情報も時々出します!

3.11だからって暗くならない話

こんにちは。ナコニットです。

毎年3.11付近になると思い出したように重々しい感じを押し付けられるのが苦手なので、アッパーな被災話を書きます。

 

私は福島県で被災しましたが、クヨクヨしてもしょーがないので震災2日後から友達と飲み歩いてました!

原発がドッカンしたから外に出るときは帽子とマスク必須とのことで、当時会社員でスーツ着てたので帽子を毎日被れる環境が嬉しく、副業だった帽子仕事の取扱商品を被って浮かれて飲みに出かけてました。

独身で子供のいない女の子達は子供が産めなくなるんじゃないかと悩んでいましたが、私は当時子供を産む気が全く無かったので平気で外に出ていました。マスクを外して「少し肺に入ったか」ってナウシカごっこして遊んでました。

そんな感じで震災後もヘラヘラしてたからか、そんなに嫌な思いをしませんでした。

関西や北海道のお友達が物資を送ってくれたから食べる物にもあまり困らなかったし、震災後の復興バブルにちゃっかり乗っかって当時なかなかうだつの上がらなかった仕事の営業成績がスパークして生活が潤ったし、前から好きだった札幌にも短期移住出来たし、その時の縁があって今も定期的に北海道出張のお仕事があったりします。

 

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でも震災から2年後くらいに急に遅れて来た震災うつみたいな気持ちになりました。震災直後はあまりにみんなが泣くから、泣けなかったんです。あまのじゃくだから。それでみんなが復活して来た頃に、当時溜め込んでいた悲しみがブワーっと出て来ました。それが解消されたのは、その後婦人系の病気が悪化して出張先でぶっ倒れて救急搬送されて緊急入院して身寄りのない北海道で手術するという事態の方が、震災うつよりキツかったので震災のことを忘れられたからです。

 

なんだか震災と全く関係ないところで暗い話に転換されてしまいましたが、せっかく生き残れた命なので、それを使って毎日笑って生きるのって大切だな、って改めて最近思っています。

 

震災とは関係ないですが、プライベートなことで既にやっつけた出来事が今になって消化しきれてなくてやるせなくなったりとか、周りと自分を比べるという意味のない思考回路に入って焦ったり凹んだりすることもありますけど、無理矢理にでも笑ってるとほんとに笑えるようになるし、楽しい気持ちで生きている人間には良い人と物事が寄ってくるのを震災直後の自分から学べたから、気を取り直して毎日笑って、自分が心地良くいられる場所で生きて行きたいな、と思います。

 

もちろん自分が心地良い=他人が心地悪くても平気、ではないので、自分も周りもハッピーで居られる状態を少しずつ作って行きたいというところです。

 

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